ピュアガット弦(プレーンガット)を試す

ヴァイオリンの弦には様々なものがあります。一番昔から使用されてきた弦は、羊のガット(腸)を使った弦です。バロック~ロマン派前期ごろに使用されていたガット弦をピュアガットと呼びます。

スズキの教本に掲載されているコレルリ、バッハ、ヘンデル、モーツァルトなどを弾くなら、ピュアガット弦を一度試してみてほしいです。ピッチは異なりますが、演奏法はほぼ同じです。開放弦が使えたり、ヴィブラートを掛けずとも柔らかい音色が出せるため、古楽器奏法が出来ればさらに楽しめますけれど。

コレルリやヘンデルのソナタはシンプルすぎると感じたかも知れませんが、ガット弦で弾くと味が出てきて大分イメージが変わります。さらに弓をバロック弓にすると表現力が全然違うのですが、バロック弓を使いこなすには練習が必要です。弦だけピュアガットを試すだけでも十分勉強になると思います。

モダンのガット弦とは違うのか?

通常のオリーブオイドクサなどのモダンなガット弦は金属が巻かれていることが多く、ピュアガットとは大分異なります。モダンなガット弦はそれなりに安定しており、音程の狂いも少なめで、今のオーケストラなどで使用しても周りに迷惑をかけることはありません。音色もなかなか柔らかく魅力的です。

昔のピュアガット弦も徐々に使われるようになってきています。主にバロックを演奏する際に、古楽器奏法などをするにはピュアガット弦が必須です。ピュアガット弦は金属弦(ドミナントなど)やナイロン弦に比べると弱く伸びやすいのですが、意外に明るい音色で音量も大きめです。また現代の弦に比べると開放弦で鳴りすぎることが少なめで、バロック期の開放弦を積極的に使う曲は弾き易いです。

きちんとチューニングできる状況でしたら、モダンオケで使っても遜色ない音量・音色が出せます。実際は、特にヴァイオリンのE線は不安定で、現代のコンサートホールの強い照明により音程が変わったり、切れたりすることもありますけれど。

ピュアガット弦の入手方法

ピュアガット弦といっても、実はいくつかメーカがあります。海外のウェブサイトで購入して送ってもらうことになります。代理店として日本で在庫があるメーカもあります。

ガットといっても、羊(シープ)ガットと豚ガットがあります。羊(シープ)ガットの方が深みのある音色で豚ガットとは大分違います。半面、豚ガットは比較的丈夫なので、バロックの楽団に参加する時には楽です。

ソロ曲を弾くためにお試しで使ってみたい場合は、羊(シープ)ガットがお薦めです。TOROというメーカのものがムジク・アンティカ湘南で購入できます。これで開放弦を弾いてみると芳醇な音色に驚くと思いますよ。

コレルリやヘンデルを弾いてもシンプルに聴こえなくなりますし、モーツァルトに対するイメージも大分変ると思います。逆にバッハなどはナイロン弦でも魅力を失わない位、ドラマティックさがあることが実感できます。

ただTOROの弦は、普段使いには面倒な点が多いです。むずび目も自分で作る必要があります。

自分で結び目を作って装着するタイプ

メーカにより、ループが元々付いているものと、自分で結び目を作る必要があるものがあります。古楽器で当時のガット弦を再現する、という意味では自分で結び目を作る弦が良いかも知れません。ですが、音色が変わるわけではないので、ループが既にある弦の方が使いやすいです。

メーカでループを付けているタイプ

またオイルを元々つけてある弦と、自分でオイルに付ける弦があります。これは同じメーカでも選べる場合があります。こだわりがなければオイルに付けてある弦を購入したほうが良いです。

ピュアガット弦の価格

ピュアガット弦の価格はメーカによりけりです。モダンな弦もワンセットで1万円とそれなりの価格です。ピュアガットは大体同じか少し安い程度と思います。送料なども考えると安い、とも言えないかも知れませんけれど。

巻き線ガット弦は?

ピュアガット弦を購入しようと調べると、G線、ヴィオラではC線などは、巻き線ガットが選べる場合が多いと思います。弦の重さを調節するためです。
音色を考えると巻き線ガットより裸ガットの方が響きが良いと感じます。巻き線ガットは大抵柔らかめの音色で音量も小さめです。

お試しで買ってみるなら、まずは違いが明確に出る裸ガットを試してみてください。

バロック期のピッチ

バロック期のピッチとしては、フランスのリュートを除き、現在より半音低い415Hzが使われます。これはあくまで妥協の産物ですが、多くの地域で現在よりもピッチが低めだった、ということはあるようです。ただし一部の地域では現在よりもピッチが高かった、という話もありますけれど。

ピュアガット弦はバロック・ピッチに合わせて作られています。今の442Hzにチューニングすることも出来ますが、E線などテンションが高すぎてすぐに切れてしまいます。音色も少し薄くになってしまうので、あまりお薦めは出来ないです。弦にあったピッチを使うのが良いです。

※442Hzを前提にピュアガット弦を制作すれば、現代のオーケストラでも使えると思います。

ヴァイオリン本体も弦のテンションが低い前提で設計されており、現在のストラディバリウスも改造されてネックが長くなり、内部も補強されていることは有名です。段々ピッチが上がってきた、というのは自然に受け入れることが出来ます。

バロック楽器を扱っている楽器店で、バロック・バイオリンを買うことが出来ますが、補強材が入っていないのでとても軽量で良く響きます。バロック・ヴィオラは現代のヴィオラよりも大きく響きが豊かです。バロック・チェロはエンドピンがなく膝で挟みますが、しなやかで芳醇な響きです。

楽器フェアに行った時はバロック楽器もいくつか試してみると良い経験になると思います。きちんとセットアップされているバロック楽器であれば結構良く響きます。

チェンバロの機構

なお現在のヒストリカル・チェンバロなどは、鍵盤を半音ずらす機構が付いていて440Hzでもチューニングできます。少し頑張って442Hzに上げればモダン楽器と合わせることが出来ます。逆に言うと、この方法を可能にするため、半音下というキリの良いピッチ選んだのですね。

ピッチの変遷

バロック音楽の時代は各地に色々なピッチがあったようです。これは金属製のパイプオルガンを調べるなどして判明しています。ただ全体的には音程が低めで、弦のテンションを弱めにして柔らかい音色を好んでいたようです。

特にフランスではピッチが低く、ベルサイユピッチは現在より全音低い392Hzです。イタリアではまた異なるピッチだったようですが、都市により異なることが多かったようですし、演奏家によって異なることもあったようです。

基準として音叉が発明されたのが1711年です。ちょうどバロックの中期~後期です。管楽器の長さも参考になります。古典派の時代は430Hz程度と言われています。モーツァルトが持っていた音叉を基にしたピッチとのことです。

1834年のシュトゥットガルト会議で、管弦楽のピッチを440Hzとしたことです。しかし1859年パリ会議で435Hzとなっています。続く1885年ウィーン会議でも435Hzと決議されています。管弦楽というより、オペラなどで歌手が歌いやすくなることを考慮したピッチのようです。

1939年にロンドンで行われた国際会議で440Hzとなります。もうレコードがある時代ですね。その後、さらに上がって現在では実質的に442Hzが主流になっています。個人的には低めのピッチの方が好きなのですが、ピッチが高いほうが大きなホールでも華やかに聴こえますからね。

ガット弦はいつまで使われていたか?

1900年頃はまだガット弦が使われていたようです。その後、扱いやすく安定した音程のスチール弦が急速に普及しました。

ロマン派の時代は、華やかで超絶技巧を必要とするチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が作曲されたり、パガニーニなど超絶技巧を売りにしたヴァイオリニストが活躍したりしましたが、まだ弦は現代と大分異なるガット弦だったということです。

ヴィブラートもずっと掛けっぱなし、ということはなく、今のように常時ヴィブラートを使うようになったのは1930年以降のようです。時期的にスチール弦の普及と関係するかも知れません。スチール弦はシャープな音色・音程なので、逆にヴィブラートで柔らかい音色にした可能性がありますね。

それまではポルタメントの方が主流だったようです。これもロマンティックな奏法ですが、1930年代のメンゲルベルクとアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のディスクが残っていて、少な目ながらポルタメントが使われています。

ブラームスやチャイコフスキーなどもピリオド奏法で演奏すれば、ガット弦でノンヴィブラートになりそうです。実際はロマン派の曲を演奏するのに古楽器を使うことは少ないですが、恐らく今のオーケストラの音色と大分違っていただろう、と考えておくと参考になる気がします。

プーランクやストラヴィンスキーは、新古典派と呼ばれてバロック時代の作曲技法を取り入れています。しかし、時代はガット弦以降で現代の楽器に近いものを前提に作曲されている、と考えたほうが良いです。プーランクの時代はまだ楽器の復元が出来ておらず、モダン・チェンバロという、ピアノに似た大型のチェンバロが使われていました。

まとめ

大分話が膨らみましたが、教本で学んだコレルリやヘンデルも、ピュアガット弦を使えば大分イメージが変わると思います。現代のヴァイオリン奏法は、ロシア流でもフランス流でも意外に最近になって完成したものです。

ロマン派の時代まで使われていましたので、ブラームスやチャイコフスキーもピュアガット弦で練習してみると新しい気づきがあるかも知れませんよ。

また今後、後期ロマン派のピリオド奏法のCDがリリースされたら、チェックしておくのも良いと思います。